かいじゅうたちと筋肉ママ

メルヘン兄とやんちゃな双子女子との日々、その他

寝不足はヒトをだめにする

双子の産後記録。

 

双子は約1ヶ月NICU GCUでお世話になりました。 

私に出来るのは家から搾乳を届け、双子のオムツを変え、沐浴練習、母乳あげる練習。

あとは看護師さんとの交換日記×2冊。

双子の容態としては、産後に無呼吸になりがち、妹は黄疸が酷かったので治療。関係あるのかは謎ですが、今も姉より色黒。

それ以外はありがたい事に気になるとこはなく、退院目標としては2人とも2000を超えることでした。

病院に通う間は双子が帰還したら子ども3人いる生活が怖くて仕方なかったです。

 

が、しかし、体重は妹が増えず2100と1900で退院(笑)

 

帰ってみると、それはパニックでした(笑)

なによりきつい事、それは寝不足。

赤ちゃん1人の時、もちろん夜数回起きますよね。それに付随してオムツも変える。だいたい3ヶ月は不眠サバイバルゲームなのは頭にあったものの。。

双子だからといってミルクを飲むタイミング、量、寝るタイミングが合うわけないのです(泣)今でこそ昼寝を合わせるけど、当時の双子母歴数十日+高血圧でメンタル削+切腹傷の私にそんな技術あるわけもなく。

実家の皆で右往左往。泣いてはミルクを飲ませ、飲ませすぎて吐かせ、処理に追われ、あやすのに手一杯。電動ゆりかごやバウンサーの力を借り、アマゾンで「赤ちゃん 寝かしつけ」を調べてはポチリしてました笑)

しかも病院のミルクを継続して使っていたのですがどうも合わなかったらしく、双子はひどい便秘に毎夜うなされ眠れない大人たち。

挙げ句兄が引いた風邪を早速もらい鼻もつまらせ私は常に鼻すい器と便秘用綿棒をポケットにいれた鼻すいババアと化してました。

加えて兄も赤ちゃん返りをこじらしておばあちゃんっこマックスに進化をとげ、いつ何時もおばあちゃんと離れずトイレもお供(笑)

離れようものなら絶叫。

 

そんな状態だったので私も母もメンタル崩壊寸前で異様にハイになりどーでもいいことで笑い転げたりおかしい感じでした。

逆にどーでもいいことで私が幼少期のくだらない事をほじくり返して母を攻めたり。

今振り返るとただのギャグ。でも当時、本当に1日1日が必死でした。いくら家族といえどそんなサバイバルゲームをしているとイライラしたりぶつかったりもあるわけで。当時は早く帰りたいわ!と思う日もありましたが、今となっては「人生で限られている母との時間、しかも一緒に孫の世話をしてもらえてよかった」とも思えます。

もちろん母も完璧な人間じゃないんだなと実感する出来事もありました。家族だからこじれる部分もあるわけで、産後ケアセンターや産後ヘルパー、家事代行を調べるのもありです!

現に私も区のヘルパーさんに助けられました。

そして睡眠大事です。双子の新生児を世話しながら眠るのは本当にハードなのですが、双子のお母さん、どうか1分1秒でも寝てください。

 

ちなみにこの時は夏のオリンピックを夜な夜な鑑賞することが心の支えでした(笑)我が家の子どもたちは本当にオリンピックに助けられてます。